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2019.6.24「お金で考えてはいけない」

大西つねきの週刊動画コラムvol.84

· 週刊動画コラム

皆さん、こんにちは。大西つねきの週刊動画コラム、本日6月24日の週刊動画コラムのテーマは「お金で考えてはいけない」です。

昨日、MMTの白崎さんとの対談講演、たくさんの方にご来場いただきまして、本当、ありがとうございます。昨日はそういうテーマだったので、お金の発行の仕組みとか、今の金融システム、お金のことばかり話していた気がするんですけども。で、そういったMMTみたいな、おそらく1年前だったら誰も興味を持たなかったようなテーマにあれだけ多くの人たちが集まってくれたっていうのは、本当に明るい兆しだなというふうに思ってます。もちろん僕も昨日はそういった話を中心にしたんですが、ただ、昨日も言ったとおり、MMTが是か非かとか、金融システムをどう変えたらいいか、もちろんそれは大事なことですよ、それやらなければいけないんで。ただ、それよりも本当に大事なのは、なぜかというほうがはるかに大事なんですね。何で今の金融システムを変えていかなければいけないかとか、それがいかに今の、いかに今のっていうか、いかに我々人間としての本質的な生き方から乖離してるかっていう、そこのところが大事で。やっぱり一番大事なのは、我々はどうあるべきかとか、どう生きるのかとか、どう死ぬのかとか、どう働くのか、何のために、そういうのとても大事で。やはりそこに根ざした生き方、考え方、そして、それと矛盾しないシステムというのが必要だということで。どちらかというと、お金のシステムがどうかというよりも、お金のシステムそのものは実は、今はとても不自然であるということと、本当に大事なのはお金じゃないっていうことなんですね。そっちが一番大事で、それを実は僕は一番伝えたいんですよ。お金で、我々、本当に考える癖がついてしまっていて、何でもお金で考えます。だけど、それが実はとてもおかしなことだっていうことに早く気づかなきゃいけないんですね。

例えば、今、年金の問題がとても話題になってますが、年金が足りないっていうんですよ。お金です、これ。それから、お金が足りないからお金をためなきゃいけない、2000万だかいくらだかわかんないです、これもお金です。何かっていうとすぐお金がないって話になるんですけど、お金なんてもともとないもんです。僕ずーっと講演会で言ってます。お金なんて実際は存在しないものです。人間の頭の中にしか存在しない概念にすぎないわけであって、ほかの動物から見れば、お金なんてものは存在しません、この世には。我々は、お札ある、これがお金だと思ってますが、ほかの動物にしてみればただの紙切れでしかないですし、それをお札だと我々が強固に信じてるだけの話で、実際、じゃあお金は存在するかというと、僕は、真理としてはこの世にはお金なんて存在しないと思ってます。ただ人間があるというふうに強固に信じてるだけの話で、我々の人間の頭の中だけの話なんですね。で、お金がないから何かができない。もっと本当、本質を見れば、真理というのは何かというと、お金なんて全く存在しなくても我々は何でもできるんですね。東日本の大震災のときにも、すぐお金がないって話がなりました、復興の何かのための予算。だけどあのときに何が起きたかというと、大量の人たちが、お金は関係なくて、自分の時間と労力を使って、たくさんの人たちがボランティアに従事したんですね。それは結局お金がどうのこうのじゃなくて、人はそうやって自分の体と自分の意志があれば何でもできるってことです。必要なのはお金なのではなくて意志だということですね。だからお金っていうのは、残念ながら、今、誰かが何かをするためのチケットみたいになってます。それはすべてのものがお金で交換されるという、そういう高度に市場化した経済を作ってしまったから、結局お金がないと何にもできないというふうに思い込んでしまってる、思い込まされてしまってるんですけど、実際に必要なのはお金ではなくて動こうという意志であって、動く体であって、それから、動かすものっていうのは全部実体物で、お金だけいくら動いても全然意味がないわけですね。それで人が動く、ものが動く。でも、人、ものを動かすのは、本当に真理を見れば、それは人間の意志であって、お金ではないです。だから、お金がないからできないっていうことは絶対ないですし、それから、例えば年金の問題ね。お金がないと、だから貯金しなきゃいけない、2000万ためなきゃいけない。実は今の金融システムにおいて、お金をためるとか、お金を集めるっていうのは、これはどちらかというと間違ってるというか悪、悪っていうか間違ってるんですね。お金をためてしまうと、それこそ1人2000万お金ためようもんなら経済全く動きませんし、ためるということはそのぶん人が動かないっていうことで、要するに、そのお金の裏づけになる価値が生まれないってことになります。これ本末転倒なんです。お金っていうのは当然ためちゃいけないんですね。お金をためるんじゃなくて、我々がやらなければいけないのは自分たちが動くこと、それが価値を生んでお金の裏づけになってるんで。結局、いつの間にか我々は考え方がひっくり返ってしまってるんですね。

例えば年金も、こないだもその話しましたけれども、年金というの、今、賦課(ふか)方式ってなっていて、昔は、年金を集めてそれを運用してあとで配るみたいな、自分がためたものをあとで配られるみたいな感じでしたけど、今、若い世代が払ったものが上の世代に払われるみたいなかたちになってますけど、ある意味、賦課方式っていうのは正しいんですね。結局、お金の思い込みをはずすと、実際の世の中の真理っていうのは、常に今作ったものを誰かに提供するしかないんですよ。つまり今年作った米を今年食うんですね。だから、それはためとく話じゃなくて、常に今作って提供するって話で。それを考えると、本来、お金を全部おっぱずして、はずして考えると、我々は常に、例えばご高齢になって働かなくなったり働けなくなったりする人たちが困らないように、それ以外の現役世代が作り出した富を一部食べてもらったりとか、分け合うわけですね。それによってその人たちも老後働かなくても暮らせるっていうのは、結局、これ全部、今の話なんですね。今の現役世代、若者が作ったものを提供するっていう話で、それが本質なんですけど。これが結局お金の話になるとどうなるかっていうと、そもそも若者世代、現役世代のお金があんまりない状態ですね。それは今の資本主義っていう仕組みが労働者をずっと搾取し続けてるから、その人たちに十分なお金が行かない仕組みになってんですね。その人たちから少量、たくさん取れませんから、少量しか取れません。少量取って、それを使って今度ご高齢者にってなると、もう結局、今の仕組みの中でそれをやろうとすると、とても無駄というか、お金の無駄。要するに、その間で搾取する人たちが肥え太ってる状態なので、うまく機能しないんですよ、そもそもが。それから、お金で考えると、お金で要するに配ると、そうすると全部お金で交換することになりますから、例えば前回も言ったみたいに、現物給付のほうがはるかに無駄がないんですね。今の金融システムっていうのは結局すべてのお金に金利がかかってる状態なので、お金を使って何かを払って買うたんびに、要するに金利ぶんの負担をすることになって、それは結局、金利っていうのはやっぱり不労所得ですから、おおむねお金を持ってる人たちのとこにそのお金が行くことになってます。それから、前回も話したみたいに、ご高齢者たちがお金で受け取って、それで家賃を払うことによって、これも結局、不動産の、土地の地代収入みたいなものは、これもやっぱり不労所得ですから、そういう土地を持ってるだけの人たちのところにお金が行くことになる。そういう無駄、お金で言うところの無駄が多いんですね。

ただ、無駄っつってもたかだかお金です。要するに、お金なんて別に無駄とかいうもんでもなくて、これ、ただの概念でしかないから、お金を大量に作って、集めるんじゃなくて、直接高齢者の方々にお金を渡せばいいだけの話なんですよ。それはいくら渡しても別に無駄とかいうもんではないんですけど、結局、本当に何が無駄、無駄じゃないっていうのは、その概念、何を我々は根本的に考えなければいけないかというと、実際に本当に我々がこの世に持っているものというか、実際本当に現存してるものって何かっていうと、最初に言ったとおり、お金っていうのは実際は存在してません。これ、人間の頭ん中にしかなくて、そもそも銀行が借金で作ったただの帳簿上の数字にすぎなくて、存在はしてないんですね。本当に存在してんのは我々の実態、要するに我々の時間だったりとか労力とか、それから、目の前にあるあらゆる実物ですね、それから資源。本当に無駄にしちゃいけないのはそちらのほうで。これ、どうやって無駄になるかっていうと、例えば人間の労力とか時間っていうのは、何にもしないことによってどんどん失われてってしまうんですね、特に時間っていうのは。今の金融システムどうなってるかというと、それから資本主義っていう仕組み、それによって多くの労働者の時間を奪い続けて、お金も少ししか配られないこと、資本家がもうけるためにね。だから、多くの人たちの時間が労働に取られて、しかも、労働力もお金が少ないがために生産性も最大化されてない状態なんですね。お金がないからできないって話になって、実際はできる人はいっぱいいて、例えば介護サービスの分野なんか、やりたい若者、やれる若者がたくさんいるのに、お金がないからそこの分野に若者たちがいけないと、給料が安くて暮らせないから。で、お金の話になってるんだけど、そこにお金を大量にぶち込めば、やりたい人はいるし労働力もあるんですね。もちろん少子高齢化で労働人口が減ってるっていうのはありますけれども、それは逆に要らない仕事をなくしていけばいいだけの話で。もっと本当にいかに皆さんの時間と労力と最大化しつつ、本当にやるべきことに振り向けるかっていうことを考えていけば、それをやることが皆さんの時間と労力を最もセーブすることになりますし、それが国家経営の本質です。それが一番無駄が少ないんですね。ただ、我々そういう観点で国を動かしてなくて、すぐお金お金お金で考えるんですよ。お金がないからできない。お金がなくたって何でもできます、ただ我々がその考えに捉われてるだけで。

僕は講演会とか自分の活動を通じて本当に何を伝えたいかというと、もちろんそういうおかしくなってる金融システムを過渡的に変える必要があると思ってます。それは政府通貨の発行って僕よく言ってますけども、政府が誰の借金でもないお金を発行する、でも、これはあくまでも過渡期の話なんですよ。もっと本当に遠い先には、政府がお金を発行するとかそういうんじゃなくて、例えば個人個人が、人が自分でお金を発行するって、そういうフェーズに僕はいくと思ってますし、最終的には、遠い先の未来には、それこそ所有の概念だったりとか支配の概念っていうのはなくなる世界が見えてくると思って。そういうおっきな方向性の中で、最初の一歩を今の金融経済の仕組みの中でどう踏み出したらいいかっていうときに、単なる今のお金の借金マネーシステムを政府通貨というふうに、1歩目、2歩目をそこに変えてくと。そうやって緩やかに変えてくための1歩、2歩を踏み出していくっていう、そういうつもりで僕はそれを言ってるにすぎないのであって。本当に僕は何を伝えようとしてるかというと、お金なんて実は存在しないんだっていうことです。本当に大事なのはそれ以外のものだし、そもそも存在しないものを我々は存在すると信じて、そのお金をもらうためにおかしな経済を動かし続けてる結果、とてもゆがんだ世界を作ってしまって、地球が本当にもう崩壊寸前まできてしまってるということですね。だから、本当に伝えたいのはないお金に振り回される、頭ん中の概念に振り回されるんじゃなくて、本当にあるもんは何なのか、本当に大事なものは何なのかっていうことを、僕は皆さんに伝えて回ってるにすぎません。それを伝えることによって、本当にあること、本当の真理とか、実際にあることとか、ものとか、そういったものに根ざした社会とか、国とか、世界が作れるんじゃないかというふうに思ってますんで。僕がやってるのはそういうことです。だから、前回も言ったと思うんですけれども、僕が金融とか経済の専門家みたいな、そんな捉われ方をしてるんですけど、そうじゃないんですよ。本当に僕が伝えたいのは、その仕組みそのものが実はもう本当に時代遅れなんだっていうことを言いたくて、本当に本質に基づいた我々の生き方とか死に方とか働き方、それをみんなに気づいてほしいから、その言葉を伝え続けてるだけなんですね。政治家という看板を掲げているのも、そういう本当に本質的な生き方とか世の中にするためには、当然、仕組みを変えなければいけませんから、みんなが本当にそのビジョンいいね、そういう未来いいねと思ってくれたときに、それをやれと言われたときにはそれを引き受けるという、そのつもりで政治家の看板っていうか、それを名乗って、掲げて活動してるという、それだけのことです。だから、こういったことはなかなか動画では伝わりづらいので、ぜひ講演会とかに聞きに来ていただければ。それから動画でも、前回も今回もこういう話をあえてしたのは、それをちょっとでも動画だけ見てる人にもわかってほしくて、そんな話をしました。

ということで、大西つねきの週刊動画コラム、今日のテーマは「お金で考えてはいけない」です。お金なんて本当にどうでもいいです。本当に大事なのは我々一人一人の時間とか労力の使い道、人生の、命の使い道です。それをみんな考えて、やりたいようにやれるというのが僕は本来のかたちだと思います。お金がそれをじゃまするなんていうのは、これはもう完全に狂ってます。そんな世界は間違っていますし、すべては我々の思い込みからきてるということです。来週もお楽しみに。

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