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2018.8.27「日本の戦後について(2)」

大西つねきの週刊動画コラムvol.41

· 週刊動画コラム

皆さんこんにちは。大西つねきの週間動画コラム。本日8月27日の週間動画コラムのテーマは「日本の戦後パート2」ですね。先週はですね、ちょっと予定を変更して、「トルコのホワイトナイトになれ」という発信を英語でしました。ちょっと思いついたもので、世界にもちょっと考えを知ってほしいというのがあって、前回は英語でやりました。思いの外ですね、好評だったので、あの日本人の方にも好評だったりするので、今後トピックに応じてそのパターンを増やしてみようかなとちょっと思ってます。ただ今日は前回の続きということで、「日本の戦後のパート2」ということでお話したいと思います。前回はですね、日本の戦後、結局ですね、我々まぁ立ち直ってないんじゃないかと。要するに戦前からの支配体制がそのまま今の日本の戦後の支配体制にそのまま移行していて、結局我々がそれに対して、それを受け入れ続けている、受容し続けている。要するに、戦争、敗戦を受けて結局我々何も変わってないんじゃないかということをお話したと思います。その意味で日本はその敗戦から立ち直ってないんじゃないかという話をしたんですけど。もう一つですね、私が、我々が敗戦から立ち直ってないと思うもう一つの理由がですね、結局我々はあの時に晒された米軍による圧倒的な暴力、無抵抗な市民の上に原爆を二発も落とされて、本当に我々はあの暴力に恐怖したんだと思うんです。でもう二度と戦争は嫌だというふうに思ったと思うんですけど、結局我々はその暴力に頼って生きてるんですよね。日米安全保障とか、それから在日米軍、これが日本を守ってると思ってる人が少なくないんですけども、要するに、我々を完膚無きまでに叩きのめしたその暴力に今頼って生きているという、これはちょっととても皮肉な状況だと思います。まずはですね、そこからもう一度考え直す必要があるっていうふうに私は思っています。そこが一番の私は肝だと思っているんですね。まぁ、憲法、憲法改正が来年発議がされるという話にもなっています。国民投票が来年辺りあるんじゃないかと。で、その憲法改正で、そもそも憲法改正問題でよくその話題になる憲法9条ですね、ここからちょっと私はちゃんと認識を我々自身がしなければいけないんだと思うんですよ。その憲法9条、その例えば今自衛隊があることが違憲かどうか、それから在日米軍があることが違憲かどうかということに対しては、いろんな意見があると思うんですけれども、基本的に私の考えは、現行の今の憲法9条というのは、全文からちゃんと読めばですね、これは明らかに戦力の保持、これは自衛のため、個別とか集団とかいう話ではなくて、そもそも戦力の保持そのものを私は放棄しているというふうに解釈しています。これ当たり前だと思うんですよ。これ読めば分かります。前文から読めば。これ国語の問題だと思います。前文にはですね、「日本国民は恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」と。要するに諸国を信頼して、それに任せると。その信頼で自分たちの生存、安全を保持するというふうに決意したというふうに書いてあるんですね。この前文があっての憲法9条というは、「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」と。で、「 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」と、いうふうに書いてあります。これはですね、そもそも本当に周りの国を信頼して、それで生きると。その代わり武力を持たないし、戦争も永久にしないというふうにこれは宣言しているもので、要するにこれは自衛権を放棄しているものではないというこれ解釈は、基本的には私は後付けだと思ってます。そもそもこれを、この憲法を作った時の状況というのは、それが、この憲法9条が幣原のアイディアか、アメリカの押し付けかという、いわゆる、には関係なく何れにしても、もし前者幣原さんの発案だとすると、もうこれを持って世界の、永久に放棄する、そして武力を持たないことによって世界からの信頼を勝ち取るというそういった意図があったと思いますし、後者の場合は、二度と日本が歯向かうことがないように牙を剥くという、どちらかにしてもそういう意図があって、明らかにそれは本当に日本が全く軍隊を持たないという、そういったところからスタートしてるはずなんですね。ですからこの憲法が発布された時に日本の国民がそれを両手を挙げて歓迎したというのは、やはりその時の日本の国民もそういうふうに解釈したからですね。これで二度と戦争しなくて済むと。
ということでそれを諸手を挙げて歓迎したと。要するにその当時のこれは合意の内容ですね。その認識として、日本が自衛のためとはいえ軍隊を永久に持たず戦争を永久にしないという合意があったというふうに考えるのが私は極めて妥当というか自然だと思います。そこから色々状況が変わったんですね。まず何が変わったかというと、朝鮮戦争が始まったということで、要するに警察予備隊を作ってそれが自衛隊になったわけですけども、これも結局ですね、日本の要望、日本の国民の要望ではないんです。憲法というのは本来要するに日本国民と日本政府との契約、約束ですね。だからどういう解釈のもとに合意したかということが一番大事なわけです。契約の本質ってそうですよね。お互いどういう風に納得して合意したかっていうのが大事で、それがちゃんと文章に書かれている。ちゃんと明文化するっていうのはそれがずれないように。もしそこに書かれていない、解釈が必要なことに関してはちゃんとそれはどの契約でも、ちゃんと話し合うっていうのが当然なんですけれども、この場合は、そうやって合意されたものの解釈がいつのまにか変わっているという。で、変わっていればちゃんとそれを明確にするために書き直すなり、ということを改めてしなければいけない。ですから例えば警察予備隊から自衛隊に改組した時にはですね、これは明らかに憲法9条とは矛盾しているから憲法を書き直さなければいけないというのはこれはもう当然のことだと思います。しかしそれをやらなかったですね。解釈改憲で避けたと。これはどういうことかというと、結局その警察予備隊から自衛隊というのは結局全部日本国民の、当事者の要望ではなかったということですね。要するにアメリカサイドのこれは決定事項だったから、要するに憲法より上の意志決定主体があったということですね。明確に。で、あったから、要するにその決定を、その下にある憲法とか日本国民……憲法、日本政府、その下に日本国民がいますけれども、それに覆させるわけにはいかなかったから解釈で逃げたということですね。この時点でですね、日本国憲法ってもう死んでるんですよ。要するにそれが日本の国の最高法規ではない訳ですね。国民と政府の合意その上には何もないというのが普通の国です。しかしその上にさらにアメリカというその、これはアメリカの誰なのかというのは、米軍、それからその背後にいる軍産複合体なのか、ちょっとそれはわからないですが、明らかにその上に権力があるという。そこが決めたことが結局日本国憲法を変える面倒を避けて解釈で変えてきたと。だから要するに自衛のためだったら持てるというそういった解釈で、要するに朝鮮戦争、その後ベトナム戦争もありましたけど、要するに、特徴はその反共産主義の防波堤として日本を再軍備しなければいけないという、そういったアメリカの考えのもとに行われてきたという。そしてその憲法の上の存在があるということは、そのあとの例えば砂川事件、砂川裁判でも分かります。結局日本の最高裁がこれは高度に政治的な案件であるということで、判断を避けてる訳ですね。で、当然後になってその文書が出てきて、最高裁の長官が在日、要するにアメリカ大使館に呼ばれて、マッカーサー2世かなんかに呼ばれて、話をされてるというか、要するに日本の三権分立、それから憲法、そのさらに上のアメリカに言われて、言われるがままにそういう判断を下しているということは、結局この国って、前回も言いましたけども、独立してないんですね。要するに日本の中に在日米軍とか、要するにアメリカの領土があるように思われるかもしれないですが、逆ですね。要するにアメリカの領土の中に、日本人が、我々のルールで生きられる場所が、まぁ圧倒的にそっちの方が広いのは広いんですけど、許されているという状況ですね。だから本当に、もう憲法改正議論なんてはっきりいってこの状況では全く僕は無意味だと思っています。憲法なんてはっきりいってどうでもよくなってますね。いかにもそれが日本の最高法規のような刷り込み、そういう教育をされていますけども、その上にさらにそれを超える存在がある限りは、それは日本の最高法規ではないですし、解釈で変えるなんてことも、別に解釈で変える必要ない訳ですよ、それが本当に我々の憲法であり我々が変えればいいだけの話ですから。ですから例えば、今度の改憲の議論というのは、最初はですね、今の憲法9条の範囲内で、集団的自衛権行使容認まで解釈できると言っておきながら、今度違憲だから書き直さなければいけない、改憲しなければいけないというのはこれはもう明らかな論理的な矛盾で、中学生でも分かる話ですよね。もともと憲法で集団的自衛権行使容認まで解釈できると言っておきながら、違憲だから書き直さなければいけないと、こんな初歩レベルの、論理的な矛盾をですね、それを容認できるような国とか政府が憲法なんか書いちゃいけないんですよ。もう法律すら書けないです、それだったら。それは言葉とか論理っていう最も基本的なものを無視していますね。ですからなんでそんなことになるかっていうと、結局それは我々国民と政府だけの憲法じゃないからそういうことになってるんですね。結局それを超える意思がその上にあって、それに従ってどうやってうまく誤魔化すかとか、整合性を取るかという、そういう状況になっています。ですからまず本当に憲法改正議論以前に我々がやらなければいけないのは、前回も言いました、在日米軍完全撤退です。もう本当にアメリカの基地、これは日本の安全保障はどうこう以前の問題です。ちゃんとした国家として独立するために、まずは在日米軍を撤退させる、完全撤退させる、それが一丁目一番地です。それやらない限り、憲法改正議論も意味ないです。だってその憲法より上の存在がいなくならない限りは憲法自体が最高法規じゃないんですから。ですからそこの議論しても無駄です。で、よくその憲法9条、憲法改正に反対してる人たち9条変えるなって言っている人たちがいっぱいいますけれども、もしその人たちが、在日米軍が今のまま駐留するということを前提にそんなことを言っているのであれば、とんでもない勘違いというか思い違いです。そんなことを言っている限りは、もう全くそれも、なんていうんですかね、とても……偽善的?欺瞞?なんて言ったらいいかわからないんですが、要するにアメリカのその圧倒的な暴力に頼って、それを駐留させることによって自国の安全を保っている、その同じ人たちが憲法9条で武力を放棄、戦争放棄して平和憲法だなんて言っているのはこれは嘘でしかないんですね。ですから本気でまず憲法9条、もう本当に全く武力を持たない状態で、戦争を放棄する、戦力も放棄するっていうまぁ少なくとも自衛隊、まぁちょっとそれは別の議論としましょう、少なくとも在日米軍を追い出した後に、その後にじゃあ自衛隊をそのまま持ち続けるのか、それからそれを増強するのか、または本当に憲法9条通りにそれを段階的に廃止していくのかっていうそう言った議論は全て在日米軍がみんないなくなった後の話です。まずそこから始めないと、憲法改正議論そのものが意味を持たないです。なぜならそれが日本の最高法規ではなくて、その上に意思決定する存在があるから。ですからまずはそこですね。もう今日おそらく私が言ってることは聞きたくないことを聞かされていると思ってる人も多いかもしれないですけど、もう戦後73年経って、私も前回この話を始める時に、そろそろいいんじゃないかなと思って話を始めてるんですね。73年経って、これだけもう本当にぐじゃぐじゃになってますね、本当に。そのぐじゃぐじゃのまま推し進めようとしているというその矛盾を抱えたまま、推し進めようとしている状況になってですね、もう一度そもそもどこから我々は、その整合性というのを無視し始めたかという話をちょっとしなければいけないなと思ってこんな話をしています。ですからまずは本当にちゃんと日本が、戦後73年経ちましたが、改めてアメリカの傀儡政権ていうのではなくて、本当に独立した国家として独立することがまず一丁目一番地だと思います。そのためには在日米軍の完全撤退が一番最初です。それをやった上で今の平和憲法、それを改正して自衛隊を堂々と持つという形にするのか、または改正しなくても自衛隊だったら持てるという解釈、まぁぎりぎり今までやってきたということで、まぁ私はそれはちゃんと改正しなければいけないと思いますけど、その場合にはね、ただそれも、全て在日米軍に出て行っていただいた後の話です。それをやらないとですね、我々が、私が今までこの安全保障以外、経済・財政・金融の部分で色々主張してきたことがあります。それも全部そもそも要するに対米従属が基本になっている訳ですね。対米従属といっても今は、幸か不幸かですね、アメリカも一枚岩ではないです。本当にたくさんの市民の人たちは踏みつけにされています。特に金融資本家たちの犠牲になってる。で、そういう一枚岩じゃないからこそ、日本が例えば在日米軍全部出てけって言った時に誰も反対しないです、普通のアメリカ人は。だってなんのデメリットもないですもん、そういった意味でいうと。本当にそれで困るのは戦争とかを飯の種にしている人たち。そういう人たちっていうのは、全世界の市民の共通の敵です。ですから今こそそういう戦いを始めていく。そうすれば世界中からの賛同は得られるというふうに思っています。ですから我々今本当に戦い始めなければいけないのは、これ国と国同士の安全保障ってのは僕終わってると思ってるんですよ。

どこの国の人が本当に他の国の人のことを殺したいほど憎むのかと。会ったこともない人たちが。会ったこともない人たちをそんなに憎めるはずもないのに、なぜか我々は国対国で色んなヘイトな情報を刷り込まれてる。それは我々が知らないことを刷り込まれてるということはこれは洗脳ですね。だからそういった国と国の国境、それを利用してですね、縦に割って、要するに国同士の紛争とか争いに見せてるんですけど、実はこれは戦争したいごく一部の人たち対全世界の戦争なんか全然したくないような一般市民の戦いになってるんですよ。ですからその意味で、日本が本当に在日米軍を追い出して、それこそ僕なんかは個人的に言えば、僕なんかの考えは憲法9条を本当に堅持して、自衛隊も含めて軍備を段階的に縮小して完全に無くしていく、完全非武装中立する方向に日本が進むという意思を示すということは、僕はとても世界平和にとって大事なことだと思っています。そうやって本気で、国と国の戦いじゃなくて、戦争したいごく一部の人たちと、そんなことは絶対したくない本当に大多数の人たちの戦いにしていけば、世界は平和になると思っています。ですからその意味で僕は日本国憲法というのは、平和の礎になるとても大事なものだと思っています。ただ、今は全く魂が入ってないです。我々がその魂を抜いてしまっている。そこに魂を入れ直すためには、在日米軍の撤退というのは必須です。まずここから始めないと、憲法議論も憲法9条も活きてきません。ですからぜひ護憲派の方々、憲法9条をそのまま守りたいという本当に平和を希求する方々は、在日米軍を追い出してもいいんだっていうその覚悟をまずするところから始めていただきたいと思います。大西つねきの週刊動画コラム。本日は多分いろんな賛否両論あると思いますが、私の考えを述べておきました。皆さんはどう考えられるでしょうか。それぞれ考えがあっていいと思います。ただ、論理的な矛盾だけは許してはいけないと思います。論理的な矛盾をなくした状態で、それぞれの考えを穏やかに議論するというのが僕大事だと思いますね。ぜひそんな形で皆さんも考えていただきたいと思います。大西つねきの週刊動画コラム。来週もお楽しみに。

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