日本一丸は以下に示す理念に基づいた社会を作るために活動する。
一、 公平である社会(Society of Fairness)
我々が暮らす社会は、人種や国境、さらには生物種、時間の壁を越え、全ての命に対して公平でなければならない。我々は将来生まれ来るいかなる命に対しても、その公平性の義務を負う。我々の社会の制度を決める際は、常にこの広い公平性の概念を適用し、それに従って判断、議論されなければならない。判断に迷ったらいつでもこの理念に立ち返り、それぞれの状況における「公平とは?」という問いから始めるべきである。
一、 持続可能な社会(Society of Sustainability)
将来にわたって生まれ来る全ての命に対して公平であるためには、持続可能な社会でなければならない。持続不可能な社会は、未来の命に対する重大な不公平である。また、人類の発展だけを考えた社会は、その他の生物に対する傲慢の現れであり、決して人類に許された特権ではない。持続可能性は経済合理性よりこれを優先する。
一、 筋を通す社会(Society of Reasons)
我々が暮らす社会は、大多数の人にとって納得できる仕組みで動かなければならない。時代と共に環境は変化し、それに応じて制度も変化する必要がある。制度が制度である理由は、過去にそうだったからではなく、常に現状に即した理由が必要である。理念に従い、その理由を常に問い直すことが筋を通すことであり、納得できる社会制度を作る唯一の方法である。
一、 他者を尊重する社会(Society of Respect for Others)
我々は他者を尊重しなければならない。他者とは自分以外の全てを指し、人、生物に限らずあらゆるものを指す。他者は自分と違うからこそ存在意義があるのであって、多様性は常に新たなものを生み出す素地である。我々は、過去あらゆる文明において、異質な他者を排除する行為が生んだ悲惨な歴史に目を向けるべきである。利己主義は上記の全ての理念に反する元凶となる。
一、 真の価値を認める社会(Society of True Values)
現状の貨幣システムは極めて一元的であり、貨幣に換算できない価値は存在しないものとして扱われる。しかし、それは貨幣システムの不完全性によるものであり、価値が存在しないということではない。我々は目に見えない価値、お金に換算できない価値に関しても真理に基づいて判断し、これを社会に組み込む努力をしなければならない。
一、 関わり合う社会(Society of Interaction)
人と人とは、関わり合うことによって更なる価値を生み出すことができる。全く関わり合わない人間が何億人いようが、それは国の形を成さない。数千年の歴史の中で、たった数十年の生を同じ時代に受けたというだけで十分奇跡的であり、それは関わり合うために起きた奇跡である。我々がより良い社会や未来を築くための知恵やイノベーションは、より多く関わり合うことによってのみ生まれる。
一、 一人一人が責任を持つ社会(Society of Responsibility)
我々の社会をこれらの理念によって動かそうとするなら、一人一人がその理念に従って考え、判断し、行動しなければならない。社会とは一人一人の総体であり、自分であって誰かではない。1億3千万人の国を動かす責任は722人の国会議員ではなく、全ての自分自身にあることを肝に銘じるべきだ。責任のない自由は、ただの身勝手である。




